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Thursday, June 22, 2017

追求

先日、「ストレートカイロプラクティックを知りたい」という柔道整復師が遠路遥々東京までお見えになった。


最初はTIC道キャプテン、嶋田慶三郎DCのオフィスへ行ったが、多忙な為話だけで終わり、チェックを受けたかったら近くにメンバーが居るからそっちでということでうちのオフィスに来られた。


連絡を受けた時はそもそも営業日ではなかったがオフィスにおり、しかも帰りの電車にのる直前だったが、絶妙なタイミングに「これも何かのご縁だ」と思いオフィスを開けた。



話もそこそこに、チェックをはじめると色々な驚きがあったようだった。


それもそのはず、

一般に認識されているものとは大きく違い、全く分野が異なるサービスを提供しているからだ



結果的に脊椎サブラクセーション状態であり、アプローチを行った。



まっすぐな眼を持った好青年で、一生懸命カイロプラクティックを理解しようとしている姿に、

かつての自分もこうだったのかなと思いながら全力で向き合わせて頂いた。



帰り際に、

「先生達は、生き様そのものがストレートですよね」

と彼が口にした。


カイロプラクティックはアイディア、根拠、実践がひとつになったもので、

単なる"手技療法"の一種ではない



私がカイロプラクティックから学んでいるのは人生そのもの。


そしてカイロプラクティックが自分の人生そのものになってきている。




彼が今後どのような道に進むにしても、

「カイロプラクティックとはこういうものだ」

という明確なものを掴んで頂けたら自分の仕事はできたかなと思う。



色々な思いをさせてくれた一夜に感謝!





Tuesday, June 20, 2017

基準

カイロプラクティック(ストレート)とそうでないものとの違いで、

「目的」に次いで決定的なものがある。


それが、「基準」


カイロプラクティック(ストレート)では何を基準に施術を行うかというと、

『クライアントの中にある基準』


カイロプラクティック(ストレート)以外は、

『一般平均を基準』としている。








『クライアントの中にある基準』とは、

その人をその人たらしめる内在する叡智、いわば生命の叡智を基準とするということだ。


叡智というと受け入れ難いかもしれないが、
あなたの身長、顔のつくり、腕の長さ、脚の長さ、内臓の位置、目の大きさ、骨格、各臓器、各器官系の機能などの、生命維持のために全身を完璧に制御する知恵を生まれ持っている。

私、志賀隆史の内在する叡智は私の全身を創り上げた張本人であり、今日までの29年間

休まず生命維持のために全身をくまなく制御している。

つまり、全身をどう制御すれば生命を維持できるかを知っているのは私の内在する叡智だけということ。

この内在する叡智が人によって違うからこそ個体差が生まれ、二人として同じ人間はいない。


だからこそカイロプラクティック(ストレート)では、

絶対的に正しいその人の内在する叡智を基準に、どういう状態が最適か、

いかに施術するのか、またはしないのかを判断する。

総じて、
基準はカイロプラクターの中にあるのではなく、クライアントの中にしかない





一方カイロプラクティック(ストレート)以外は、"教科書"を基準としている。

目の前の人を見ているわけではなく目の前の人と"一般平均人"という架空の人物を比べて、

目の前の人がいかに架空の"一般平均人"から逸脱しているか、そしてそれがいかに悪いことかを教え、

目の前の人を架空の"一般平均人"にさせようと矯正、強制する。


総じて、
基準はドクター、カイロプラクター、架空の"一般平均人"にある





決してカイロプラクティック(ストレート)以外が悪だと主張したいわけではない。

医療の重要性、必要性、そしてそれで救われる命が無数にあることは経験上、十分に心得ている。


優劣を議論しているわけではなく、カイロプラクティックのアイディアを知って頂き、

利用者の皆様が選択をする際にどういう違いがあるかを理解して選択した方が、

より人生を豊かにできるという提言として受け取って頂けると幸いだ。


人はみんな違う

Monday, June 19, 2017

アップデート

自分の成長、実践による進歩、理解の深化とともにホームページの内容をアップデート致しました。



https://www.tic-straight.com


URLも少し変わっているので、仮にご登録頂いている方は再登録をお願い致します。


より表現を洗練していき、より良いカイロプラクティックケアをご提供できるよう、

今後とも邁進して参ります!






Tuesday, June 6, 2017

カイロプラクティック哲学が"宗教"と揶揄されるワケ

「カイロプラクティック哲学」はほとんどの学校で教えられていない。

理由は様々あるとは思うが、個人的な考えをここでは展開する。




<1. 演繹法的前提>
「ユニバーサルインテリジェンスという宇宙全体を支配する叡智が有る」

果たしてこれをすんなり受け入れることができる人はどれだけいるだろうか?

個人的には"怪しさ満点"といった印象。

宗教で言えば"神の存在"を無理強いされているようだ。

宗教に熱心な方には全く支障のない概念だと思うが、観測、定量化、法則化できない限り

信じられない人にとってはとても受け入れ難い概念となる。



<2. 目に見えない>
ユニバーサルインテリジェンスにしろ、我々を生かすイネイトインテリジェンスにしろ、

目に見えない。

「百聞は一見にしかず」、「Seeing is believing」

それは宇宙人を見た人はその存在を信じ、見たことのない人は信じ難いことに代表される。



<3. 不確定要素は排除>
国が職業として認めるには、理にかなった根拠、膨大なデータ、確実性(再現性)が最も重要となる。

アメリカで"ドクター"という地位を得たカイロプラクターという職業を確立するには、

目に見えないもの、盲目的に信じなさいという姿勢は排斥される。

日本においてレーシック手術やインプラント治療が未だに保険適応にならないのも、

国民に不確定で安全安心なケアを提供できないからだ。



<4. 実践者が少ない>
私はカイロプラクティック哲学を実践している!

と自分で言うのでは意味はない。

他の人に「あの人は本当のカイロプラクターだよね」と言われて初めて、実践者と言えるのかもしれない。

文字に残したとしても、文字は本人の理解度によって多様な解釈をされて形を変えられてしまう。


やはり継承の理想は、人から人に繋ぐことなのだろう。




以上の4つのことから、

元来、的を得ているはずのカイロプラクティック哲学は受け継がれていない。

しまいには、カイロプラクター自身がカイロプラクティック哲学を抹消してしまっている事実も見られる。






だが同時に、哲学を語っているだけでは意味がない。

実践して初めて意味を成す「生きたカイロプラクティック哲学」が、

これからも受け継がれてい行くことを切に願い、これからも実践していく。


応援してくださるクライアントさん達に感謝しながら。


続く