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Thursday, April 27, 2017

カイロプラクティックの理解

あまりにもカイロプラクティックは多種多様な理解がされていると感じる。

クライアントさんから聞く話や皆が持っているイメージは、

「カイロプラクティック」と名乗る人たちが築き上げたものであることは間違いない。



現状のパブリックイメージこそが、カイロプラクター達自身が抱いているイメージとも言える。

つまり、カイロプラクター達の理解度が反映されているわけだ。




<用語の意味付けが違っていれば、行動の趣旨が変わってしまう>


言葉や用語の意味付け自体に差があることは日常でもよくある。

例えば、「ケーキ」という単語を見て何を連想しただろうか?

  • イチゴの乗ったショートケーキ
  • パンケーキ
  • パティシエ
  • 甘い
  • 好き、嫌い
  • コーヒー、ウイスキーに合う
  • 誕生日、めでたい
など、挙げた他にも無数に連想される。


子供がいる人には身近なことだと思うが、いない場合は子供の頃を思い出してみよう。

子供は皆、アレ何?コレ何?それってどういう意味?と多くの意味を親から受け継ぐ。


そこで仮に親の認識が間違っていたとしても、それはその子にとっては正解になる。




カイロプラクティックにおいても同じことが起きている。

カイロプラクティックを名乗る人や、教える人の意味付けに差があるために、

その人に追従する人達はその意味付けを元に世の中を見るようになる。



つまり意味付けが違っていれば行動の趣旨も変わってきてしまうために、多様性が存在する。




ある意味ストレートカイロプラクティックはその多様性の一つではあるが、

私にとっては最も本質を捉え、納得でき、豊かに生きることができるもの。



もしカイロプラクティックの理解で苦しんでいる、

カイロプラクティックはこういうものじゃないはずだ、

イネイトインテリジェンスって何?、

ユニバーサルインテリジェンスって何?、

メンタルインパルスって何?、


などの疑問があれば気兼ねなく連絡してください!



Wednesday, April 26, 2017

100%

人の生きようとする力は、常に100%働いている。

それは100%から下がることはなく、生きている限り100%。



多くの人が誤解している事だが、カイロプラクティックの実践において

「その力が100%発揮できているか」という事を見るわけではない。

なぜならそれは常に100%だからだ。




我々のターゲットである脊椎サブラクセーション状態は、決して50、70、90%の状態ではない。

生きようとする力は死ぬまで決して減らない。

だから生命力に強いも弱いも存在せず、ただ100%か0%という状態があるだけだ。

生きている=生命力100%



生命力と混同されているのが仕事率だ。

仕事率とは ある一つの目的を達成するために一定時間内で何割完了できたか を示し、

その場合に仕事率は100%未満になる事は当然ある。

生命力 ≠ 仕事率
仕事率 ≦ 100%



例えば「1分間で100粒の小豆を右の皿から左の皿に一粒ずつ移動させる」という仕事で考える。

1分後、左の皿に100粒移動できた場合は仕事率は100%
1分後、左の皿に80粒しか移動できなかった場合の仕事率は80%
(その人の持っている肉体的な限界内では100粒移動できるとする)



我々カイロプラクターが問題視するところはここで、

生命力を100%に戻すという事ではなく、肉体の限界内で仕事率を100%(最適)に戻すということだ。



Saturday, April 15, 2017

人生の成功を願う

「人のため」とは一体何が正解なんだろうか。


目の前のクライアントやTIC道場の道場生、多くの人と向き合っていると必ず顔を出すテーマだ。


それは人によってアプローチは違うと思う。

むしろ違ってて良いし、いくつもの正解が必要だとも感じている。



私の信じるところは、
本人に考えさせ、本人に行動させること


ヒントや答えを相手に与えて、思考や行動を変えようとする人もいる。

でも結局、力づくでも他人は変えられない。

気づかせようと思っても、"その時"が来ないとその人は気づかない。

その人が本当に変わりたいのであれば、真剣にその人は考え、必ず行動に移す。



目の前の人を信じているのであれば、

本人に委ねることが、その敬意と信頼を表す一番のアプローチだ。






結局のところ『どれだけ自分を持ち、貫き続けられるか』が人生における成功だと考えている。


目の前の人の成功や幸福を願うのであれば、

本人に考えさせ、本人に行動させなければ、

その人の人生における成功はない。



カイロプラクティックを通して、より多くの"人生の成功者"の後見人になれることを嬉しく思う。