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Monday, August 22, 2016

"Hold"

カイロプラクターとして嬉しい瞬間がある。


自分がきっかけを与えたクライアントが、脊椎サブラクセーションの無い状態を保持している瞬間だ。


それを我々は"ホールドしている"という。

つまり「カイロプラクティック的に好ましい状態が保てている」ということだ。




先日、ジュネーヴに音楽留学している彼女のスパインチェックを帰国中に行った。

留学中に多くの困難に直面しながらも、自己管理を徹底している姿を携帯電話を通して見ていたので、脊椎サブラクセーションに陥ったという恐れは私の中には無かった。



案の定、チェックの結果"ホールド"していた。

これで彼女のサブラクセーションフリー(神経干渉なしの状態)が丸々一年経過したということになる。



彼女の経験上これほど"ホールド"できたことが無いので最初は懐疑的になっていたが、幾度とチェックをしても明らかにカイロプラクターの手助け(スラスト)を必要としない状態であることを確認でき、彼女もやっと安心していた。



なぜ嬉しいかというと、施術がうまくいったからではない

私が大切にしているものを彼女も大切にしているからだ。



フリーになってからはクライアント本人に全てが委ねられる。

その中で彼女は私が大切にしているものと向き合ってくれた結果が、"丸一年のホールド"という形で現れたのは嬉しい瞬間だった。


生きていく上でキャパオーバーのストレスを受けることは不可避であり、脊椎サブラクセーションになることも避けられない。


"ホールド"こそが是であるわけではないが、共同作業的要素の強いカイロプラクティックの実践においては大きな喜びのひとつだ。




Tuesday, August 2, 2016

命の表現

先日、世界的に活躍されている小澤征爾氏の指揮を初めて目の当たりにした。


御年81歳の偉大な指揮者は言わずもがな肉体の制限が若い頃よりも大きく、バンザイするほど高く両手も挙がらず長時間立っていることもままならないようだった。



彼に関して全くと言って良いほど知識もないし生き様も知らない。
髪の毛ボサボサの"世界のオザワ"って有名なおじいちゃん指揮者がいるらしいというほど無知だった。



しかし、指揮する姿を観て人生で初めて音楽で涙を流した。



曲の影響もあってか彼の制限だらけの老いた肉体が音楽を奏で、
まるでやがて肉体の限界を迎えるであろう自分自身を表すような曲(命)を全身全霊、同化して表現しているようだった。


音楽に生き、生かされ、音楽家によって受け継がれてきた想い、マインドを後世の若い音楽家に感じとって欲しいといった想いを小さな背中から感じる指揮であり、小澤征爾という肉体が制限だらけの中で躍動していた姿に思わず感涙した。




まさに、小澤征爾という「命の表現」を見せつけられ、言葉が出なかった。




指揮者はマインドを奏者に伝え、奏でられた表現を集約して伝えたいマインドを聴衆に届ける。

そのマインドがストレートに表現できた時に、音楽がその指揮者自身となるのだろう。




世界のオザワと呼ばれる理由に納得できた1日だった。





インテリジェンスの働きであるマインドを肉体の各部位に届け、ストレートにそれを表現することが、干渉無き命の表現=その人自身となる。




生命の三位一体とはまさにこのことだ。