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Tuesday, July 26, 2016

プロ意識

「一体、自分は何のプロフェッショナルであるのか」

その意識を持って日々プラクティスに励んでいるカイロプラクターはいるだろうか。



私は、脊椎サブラクセーションのプロフェッショナルだ。

徒手療法のプロでもなく、アジャストメント(技術)のプロでもなく、筋骨格系のプロでもない。


自らのコアとなる「何のプロフェッショナルか」を明確にすることは、より己の道を洗練するのに有効に働く。




背椎サブラクセーションはカイロプラクティックの中心的概念であるにも関わらず、業界内で絶対的なコンセンサスが未だに得られていないのも事実だ。

寧ろ、背椎サブラクセーションなんてもんは時代遅れの過去の幻として葬り去るカイロプラクターさえいる。




医学者は病気、症状を呈する肉体のプロフェッショナルであるからこそ人体というものを掘り下げて追求する。

一方、どれだけのカイロプラクター達が中心である背椎サブラクセーションを追求しているのだろうか?






各人の「何のプロフェッショナルであるか」というのは個人の自由だが、
私個人としては共に背椎サブラクセーションのプロであるという意識を持った同志が出てくることを願っている。





Monday, July 25, 2016

印象

先日、彼女の先生であるJean Jacques Balet先生の公開レッスンを見学させて頂く機会に恵まれた。


クラシック音楽の世界は"なんか敷居が高い"というイメージがあり、一般的にも馴染みのない人にとっては"わからない"代表とでも言えるのではないだろうか。




ひとつ、公開レッスンを見学して素人目にわかったのは


非常に当たり前だが、
「表現によって印象が大きく変わる」ということだ。




非常に微妙な表現の変化から、全く違う印象を受けた。



これは日常生活においても言える。


喋るときの言葉選び、間合い、声の大小、抑揚、表情。
同じ内容でも表現者によって「あの人の話は面白い」、「あの人はやたら話が長い」、「あの人は一体何を言いたかったのだろうか」などと受け手の印象は大きく変わってくる。



表現に正しいも間違いもない。


ただ、表現ひとつで相手に感動を与えられるのか、何も印象を与えられずに終わるのか、憤慨させるのかが受け手によっても大きく変わってくる。



こんなにも音楽というものが、極々身近でダイレクトなものの中に存在しているのかと驚いたと同時に、今まで距離を置いていた音楽というアートを通して自分の伸びしろを再発見できた。



今回の公開レッスンは、私のカイロプラクティックに活きてくるだろう。


如何にして"ライフ"を表現し、感動を与えられるか、そしてクライアントが自発的に自己の表現を伸び伸びとする事が出来るようになるのか、それを考えるのが愉しくなってきた!



表現次第で決まる。


Saturday, July 16, 2016

感度

長年カイロプラクティックケアを受けていて、脊椎サブラクセーションがない状態を長く経験している人は、自分の身体に対する感度が高い人が多い。



つまり、自分の身体の変化を敏感にキャッチするという事だ。




先日のクライアントも、小学生の頃からカイロプラクティックケアを受けており、自分の身体に違和感を抱くと連絡が来るようになっている。




「ちょっと傾いてる感じがする」
「腰がハマってない感じ」
「肩の動きがおかしい」
「アゴがスムーズに動かず、噛み損ねる」




脊椎サブラクセーションがない状態が"普通"になっているこのクライアントにとっては、脊椎サブラクセーション状態になった時の"異常さ"に気付きやすい。




聞くところによると、
「ここ最近トレーニング強度を上げている」
「休めてない」
「自分には合わないと分かっていながらネックレスをするようになった」



という、そのクライアントにとってはネガティヴな要因が増えていたようだ。




日常生活に変化を加える事は、時に良い方に作用する事もあるが、悪い方に作用する事もある。
(※良い、悪いというのは、その人にフィットしてるか否かという事である)





スパインチェックを受けた事がない人は、自分の身体がどれだけ繊細に出来ているかを知る事が難しい。


自分の身体に対して感度が高い方が良いのか悪いのかは個人の考えを尊重するが、肉体を維持するには必要な事なのだろう。




Friday, July 15, 2016

キャパシティ

「キャパシティ」という単語を、
限界と捉えるのか、制限と捉えるのか、容量と捉えるのかは各個人で違うだろう。




我々人間同様、形あるものにはキャパがある。


それは『物質』という有限の範囲だ。




私がカイロプラクティックケアを提供させて頂ける方も、

脊椎や靭帯、腱、筋、血管、神経自体の物質に病的な問題がない時に限る。





仮にアプローチする脊椎が骨折していたり、腫瘍に侵されていたり、物質的に限界を超えた場合には術を施すことはできない。




物質に問題がある場合は然るべき処置を受け、カイロプラクティックケアが受けられる状況になってからでなければカイロプラクティックの真価は発揮できない。





肉体という限られたハコの中で生命を表現するのが我々の生命観であり、

ハコを糸口にアプローチを行うのが私にできることだ。






従って、助けを求めていらっしゃるクライアントの中に物質の限界を超えている方がいたらお受けできないことがあり、然るべき機関に行って頂くようにお勧めしている。






我々が対象とする範囲を超えたものは、我々には対処のしようがない。

カイロプラクティックという職業に「範囲」があるからこそ、クライアントには他の業種の力が必要になるのである。



カイロプラクティックが万能であると想っている人は、要注意だ。


Tuesday, July 12, 2016

セルフコントロール

スパインチェックをしていると、問題のない人がいる。



今までカイロプラクティック的に問題だと見做す状態(脊椎サブラクセーション)が何度も続いていたにも関わらず、急に問題ない状態になったりする事もある。


そういう方々の話を伺うと、大体共通して生活の何かを変えたという声をよく聞く。



先日いらした方は住環境を変えたと仰っていて、それが見事にその方にハマっていたようだ。

その方は非常に自分に素直に生きていらっしゃる方で、職や居住地を転々とするらしい。





一般的には、そういう転々とする人の事を高く評価しない傾向にある。

「一つのことをやり続ける事が美徳である」と。


がしかし、その方は約1年ぶりのスパインチェックだったが問題はなかった。




推測でしかないが、
自分に素直に生きている事により自ずと外力を選択し、肉体に負担をかけないような生き方になっていたのだと考えている。



「そうは言ってもそんな生活は無理だ」
という人もいるが、優先順位が違うだけでどちらが良い悪いという議論をしたい訳じゃない。




どういうタイプの人でも最も大切だと思うことは、コントロールすることだ。



誰にだって不可抗力はあるし、逃れられない事もある。


その中で自分の体を優先する時なのか、それ以外を優先する時なのかという事を、時と場合に応じて自分でコントロールする必要性を感じている。





自分の体は自分でしか守れない。





Sunday, July 10, 2016

肉体を維持するために

先日チェックしたクライアントに、明らかに自己防御反応に走っている方がいらした。



その方は考える事が得意なために、体の声に耳を傾けることが難しいようだった。




話しを伺っていると、


「クールに振舞っているつもりはないのに、クールだというイメージを持たれている。」

「最近、お酒を飲むと人が変わったように陽気になる。」

「数ヶ月に一回、どうしてもエンジンがかからずに眠気が酷い時がある。」

「敬語で話さなくて良い相手に意図せず敬語を使ってしまう。」



などと、その方が受ける外力(universal force)を本能的にシャットアウトしようとしている傾向があった。




命あるものは、自らの肉体を維持するためにすべての行動をとる。




私が視るのは神経伝達に干渉があるかないかだけであるが、神経伝達に干渉がある人は上記の様に自分を守るため周囲から受けるストレスをシャットアウトしようとする傾向があり、チェックしていくと明らかにカイロプラクティック的な問題が見受けられた(脊椎サブラクセーション)。



そしてご本人の意志により、力をお貸しした。



例えて言うならば、生命というのは"乗り物"である肉体を保つことに全力を注ぎ込むようにできている。



常に乗り物を修復しながら生きているのだが、自力で修復できない問題(脊椎サブラクセーション)は他人の力を借りることで乗り心地を快適にすることができる。


施術後クライアントも、乗ってるだけで疲れるような乗り心地から快適な乗り心地に移行できたようだった。





自分の言動や行動、道行く人の歩き方や電車で座っている人の座り方。

変わった人がいますよね。

そういった方たちも、肉体を維持するためにそのような行動をとっているんです。



Thursday, July 7, 2016

イネイトインテリジェンスへの敬意

我々生きとし生けるものは「生来の叡智」によって生命を維持、表現できる。





その生来の叡智によって我々は生かされ、
カイロプラクター達はクライアントの生来の叡智と共に仕事をする。




我々カイロプラクターの根本的な思想のひとつに、
「イネイトインテリジェンスは如何なる時も100%であり、間違うことはない」という考えがあり、絶対的な信頼と敬意をもってクライアントに接している。




つまり、第三者がその人の生命を評価、判断して「良い、悪い」、「(助けが)必要だ、不必要だ」とレッテルを張る事は、そのクライアントの根本的な生命を自分の理想の形に当てはめて考えるようなもので、私はそういう考えはない。





だからこそ、クライアントのイネイトインテリジェンスをよく見て、その最も信頼の置けるイネイトインテリジェンスに従い、共に仕事をするという意識を大切にしている。





脊椎サブラクセーションもひとつの生命表現であるし、有っても問題ない。


ただ、それが無い方が「楽」に生きられるという小さな違いを提案させて頂いているに過ぎない。






脊椎サブラクセーションと共に生きていくのか、取り除くようにカイロプラクターの力を借りるのかという選択権はクライアント自身にある。

脊椎サブラクセーションの存在を認知してもらい、どうするかを本人に委ねる事がその人のイネイトインテリジェンスへの最大の信頼と敬意の表し方だと思っている。