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Saturday, February 27, 2016

今月、母が小脳梗塞で鹿児島の病院に搬送されたと連絡があった。


急遽駆けつけたが、そこには人工呼吸器を付けベッド周りには大きな機械と無数のチューブに繋がれ目を瞑ったままの母の姿があった。


一報を受けた時から、多くの状況を想定して覚悟して救急病棟に行ったが、そこにいる母は以前会った時と大きく違っていたことに、胸が捻じ曲げられるように痛くなった。




多くの人に支えられて、10日間母の側に寄り添わせてもらった。

あんなに母の手を握ったのはいつ振りなんだろうか。


物質の限界を超えそうなほどの状態だったが、なんとか一命を取り留めた。


少しずつ意志のようなものを表現できるようになってきたが、依然として自力で目を開く事ができずに、意識もハッキリしない。



4月から東京に出る矢先の出来事に想いは複雑だが、今こそやるべきことをしなければ。


宮崎にいる父と姉達を置いてその地を離れるのは本当に心苦しいが、母を信じ、全てを託して豊橋に戻ってきた。




さあ、前に進もう。

Saturday, February 13, 2016

自分は14歳の頃に受けたカイロプラクティックに感動を覚えた。
「カイロプラクターになる!」という目標を定め、そこからカイロプラクティックの学校選び、高校選びと順を追って目標に到達するための道筋を決めていった。




ようやく高校生活も終わり、いざカイロプラクティックの大学に入って、念願のカイロプラクティックの勉強ができる!と歓びに満ちあふれた学生生活を送っていた。





しかしその中で、「何かが違う」と思い始めたそんな時にストレートカイロプラクティックの嶋田慶三郎DCと出逢い、また新たに「ストレートカイロプラクターになる!」という目標がみつかった。





それからストレートカイロプラクターになるためにアメリカのSherman Collegeに行き、10年越しの「カイロプラクターになる!」という目標を達成したのが25歳の時だった。






振り返ると、志賀隆史の10年越しのゴールはそこで到達してしまったのだろう。
宮崎でプラクティスをしていて愉しいけど、何かが心の底から沸き上がって来ない日々。
「自分は宮崎で生まれた意味が有る」そう故実けて宮崎に留まったが、何か光が無い毎日がだらだらと続いた。




そんな悶々とした日々に、光が射した出来事があった。

それが彼女との出逢いだった。当時の僕は、「この人は自分よりカイロプラクターだな」と感じるところがあって、ある意味悔しかった。つまり彼女はカイロプラクティックを自分の一部にできていた。純粋な目で自分を客観的に見た時に、なにか取って付けたようなカイロプラクティックだったので、そんな自分が悔しかった。(言葉では言い表し難いのだが…)




そのきっかけから彼女とのお付き合いもはじまり、悶々とした日々を脱するためにも、そして自分を変えるためにもご縁のあった豊橋に移った。






豊橋では、本当に多くの人が親切に迎え入れてくれた。
今まで全くご縁のなかった土地に足を踏み入れるのは非常に不安が伴うものだが、そんな不安も周囲の方々の愛情できれいに解消された。






それでも初めての土地での生活に追われる中、またひとつのきっかけがあった。

それがTIC道の発足だ。




TIC道とは、カイロプラクティックを護り、繋いで行くことを目的とした組織であり、その一環でストレートカイロプラクターの育成があり、学びの場をサポートさせてもらう機会に恵まれた。






4月からはじまったTIC道場、回を重ねる毎に自分の変化に気付いた。





「ストレートカイロプラクターに、成りきれてない」






つまり、ストレートカイロプラクターというものは行為でも技術でも肩書きでも何でも無く、

自分がカイロプラクティックで体感した感動のようなものを相手に抱いてもらって初めて、ストレートカイロプラクターと言えるということだ。





14歳の頃に定めた「カイロプラクターになる」という目標は、実は全く達成出来ていなかったということに気がついたのだ。





その気付きから、自分の新たな目標と夢が明確になってきた。



カイロプラクターになりたい 
感動を覚えさせてくれたカイロプラクティックを護り、繋いでいきたい





それを実現させるためのベストな選択をした結果、オフィスを東京に移す決断を下しました。








その決断から1ヶ月足らずで話は進み、奇跡的に周囲の支えと応援があって実現する運びとなりました。




これまでを振り返って、素直に自分の未熟さと甘さを痛感しました。
素直に、認めます。

でも、恥ずかしくはありません。



これまでがあって、今の僕、これからの僕ができていくと思いますし、何よりも自分を信じてくれている方々への恩返しは、僕が夢を叶えることだと信じています。




豊橋のオフィスに来て下さったクライアント様にはご不便とご迷惑をおかけすることになってしまいましたことを、心より申し訳なく思っております。




日本には、まだまだストレートカイロプラクティックを理解している人は少ないです。
おそらく人口の0.01%くらいでしょうか。


東京でも、地方でも、知られていないし、実践者も限られています。



ストレートカイロプラクティックを少しでも多くの人に知ってもらいたい、
ストレートカイロプラクティックを少しでも多くの人が実践できるようにしたい、


そんな想いから、私志賀隆史は、4月よりオフィスを東京都港区の乃木坂にてオープン致します。




未熟で至らない点も多く、不届き者ではございますが、今後とも志賀隆史をどうぞよろしくお願い致します。