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Tuesday, April 29, 2014

『軸』というものは何事においても重要な役割を担っている。




体にしても、心にしても、仕事にしても、子育てにしても、生き方にしても、全てに必要なもの。






『軸』が無ければ変わりゆく環境や、状況に適応しきれない。






更には『軸』、いわば『基礎』となるものが無ければ発展は間違いなく有り得ない。








しかもその『軸』は誰に教わるでもなく、自分の中で出来て行くものだ。




誰々がやってるから、誰々がこう言ってるからという理由での行動は、ほぼ自分のものにならないし、それじゃ一向に自分の『軸』ができない。







適応していくならば、発展を願うならば、拠り所となる『軸』ができなければ路頭に迷うだろう。










情報社会の昨今、嫌でもいろんな情報に心惑わされることは避けられない。






なので、『軸』が出来上がる前に色んな情報に触れすぎると自分を見失いやすい。






あれもこれもと手を伸ばして全てが中途半端になってしまう。





どんな形でもいいから、まずは『軸』を作らなければ。








"Be water"への道はまだまだ遠い。






『軸』。

細かく見ると『車』も『由』も、真ん中にまっすぐ軸が通っている。だからこそ、軸を中心に右から押されても左から押されてもクルクル回れるし、クルリと回っても『車』は『車』、『由』は『由』で在り続けられる。










カイロプラクターとして、志賀隆史としての『軸』ができなければ先はない!



“Chiropractic is vertebral subluxation”


Friday, April 25, 2014

鷹の道 vol. 7

嶋田慶三郎DCの “マードック来襲” からというもの、毎日が清々しくて悶々とした日々から脱する事ができた!





『医学は医学、カイロプラクティックはカイロプラクティック』と、明確に違いを認識しながら再び“カイロプラクティック医学”の勉強を進めた。


それまで学んでいたガンステッドカイロプラクティックも、目的を果たすためのひとつの手段として使おうと考え方を切り替えた。















ストレスフルな授業を何とか乗り越えながらも、学校付属の外来センターにインターンとして実践する段階まで進んだある時、テクニックに対してどうしても拭えなかった違和感があったので、“マードック来襲”以来会っていなかった嶋田慶三郎DCのもとへ。







その当時のオフィスは、元々マンションっぽかったところをオフィスとして改築して貸し出しているようなところだった。室内は広くなく全く無駄が無いし、隣のガソリンスタンドの兄ちゃんの元気な声が印象的な空間だった(笑)




実は次の日にエビデンスベースドメディスンのテストを控えていたのだが、つまらないテスト勉強はそっちのけで嶋田慶三郎DCのもとに駆け込んだ。




時間としては4時間くらいだっただろうか。
自分の疑問や違和感をぶつけると、すべて芯の通った答えが返って来る。
授業やセミナー、個人的な付き合いを含め多くのDCにお会いする機会があったが、『初めてカイロプラクティックをやっているDCが居た』と本当に嬉しかった。




時間はあっという間に過ぎ、渾身の“一撃”もくらって、テスト勉強もあったのだが興奮し過ぎてあまり寝られなかった(笑)







その日2009年の11月18日が、自分がストレートカイロプラクターとしてHIO(ホールインワン)を目指して生きて行こうと決めた日となった。









vol. 8へとつづく…

Tuesday, April 22, 2014

道は後ろにできる

自分を信じる事は、何よりも大切なこと。





それは特にお先真っ暗な時にこそ光を灯してくれる。







その『自分を信じる』ということは、自分の進むべき道を照らしてくれるのではなく、自分自身が光り輝くということ。つまり自分の外を照らすのではなく、自分の中を照らしてくれるのが『自分を信じる』ということ。







最近見た映画の中で、登場人物がなかなか内定がもらえず「もうだめだ…」と落ち込んでいる時に、その母親が「自分で自分のこと信じられんでどうすると!」という一コマがあった。







どうしても絶望的な状況、先が見えずに不安が目の前を覆い隠す時に、自分の可能性というものを自分で否定してしまう。




それは僕もそうだ。






この道を進むのか、あの道を進むのかあれこれと悩む。でも、そもそも既存の道なんか無いのかもしれない。だからこそ迷い、悩み、もがき、絶望や不安で真っ暗な中で光を探すんだと思う。










そんな時に唯一光っているのは、自分の中にある『自分を信じる』という光だけ。







その内なる光を頼りに暗闇を走り抜いて来た人こそ、自分が輝きながら周りも輝かす事が出来るのだろう。








道は自分で作っていくもの。


その道は用意されているものではなく、自分自身の中で光り輝く"炎"のみを頼りに進んだ"軌跡"だ。







だからこそ、藤渕啓介先生や嶋田慶三郎DC、三宅誠先生や谷崎芳樹先生のような素晴らしい先生方の今があるのは、自分を信じて進んで来たからこそ。Lyle W. Sherman DCもThomas A. Gelardi DCも、僕の尊敬する先人達は常に自分を信じて進んで来た。









僕も自分を信じて進むだけ!







 

Tuesday, April 15, 2014

凸凹

凸凹と書いて「でこぼこ」と読む。




なんとも面白い漢字だ(笑)








片方は飛び出てて、片方はへこんでいる。





どちらかを上下ひっくり返すと、面白い事にピッタリ一つになる。






しかも、凸はただ単に出てるわけじゃなく、凹もただ単にへこんでるだけじゃない。


凸の中にもへこんでるところがあり、凹の中にも出ているところがある。





つまり凸は完全なる凸ではなく、凹も完全なる凹ではない。それぞれが異なる特徴を持ちながらも、共通する特徴も兼ね備えており、一見正反するもの同士が存在して初めて一体となる。









この世の中は凸凹でできている。






逆に世の中は元々一体だからこそ、凸と凹に別れるのかもしれない。







そう思えば、身の回りの人間関係は成るべくして成っているのだと思える。








だから、あなたの周りの人はあなたに必要な存在なんだ。






Sunday, April 13, 2014

鷹の道 vol. 6

カイロプラクティックとはなんたるか、カイロプラクターの仕事とは一体なんだ?と自問自答した日々で出逢ったのがガンステッドカイロプラクティックだった。




そのガンステッドカイロプラクティックはその当時の僕に『カイロプラクティックはこうだ!!』と一筋の光を灯してくれた。





が、、、より詳しくガンステッドカイロプラクティックを勉強していくと、どうも“違和感”が拭えない。症状は関係ないはずだが…栄養指導までするのか…日本でもセミナーをやっているDCのオフィスにマッサージルームが…









色々考えたが、どうしても『カイロプラクティック』ではなく、『“ガンステッド”カイロプラクティック』であり、ガンステッドDCが築き上げた“ガンステッドのカイロプラクティック”でしかなかったからだ。








『カイロプラクティック』というなら、D. D. Palmer, B. J. Palmerを差し置いては成り立たない。



それならとことん調べてやろうと思い色々調べていたおりに、授業でなにやらSherman College of STRAIGHT Chiropracticを卒業された嶋田慶三郎DCがゲストスピーカーとしてマードック大学にやってくるという話を小耳に挟んだ。






そしてとうとう、その日がやってきた。






他の時間に来ていた他のDC達とは全く異なる雰囲気。

年齢は確実に若く、発する言葉の分厚さ、力強さというのが圧倒的に違っていた。







講義内容は、カイロプラクティックとはなんたるか、カイロプラクターの仕事は何かというのをストレートに表現したもので、その時にやっと自分の求めていたものに出逢えたという興奮でカラッカラに乾いたスポンジに一気に水が吸い込まれるように僕の中に嶋田慶三郎DCの言葉が染みわたって来た。






『これがカイロプラクティックだ』





そう確信した。



講義の終わりのほうである学生が「先生、ちょっと先生のやってることをデモみたいな感じで見せてください」という要望が。




他のDC達にもその学生は同じことを言って見せてもらっていたが、嶋田慶三郎DCは違った。





「ここじゃできません」



と一言。







『この人がカイロプラクターだ』と内心すごく嬉しかった(笑)







その日を境に、霧が晴れたような気分でワクワク感が蘇って来た!






vol. 7へつづく…

Friday, April 11, 2014

誓い

『誓い』は、一体誰に誓っているのだろうか。




宗教的な観点は除いて、他人や自分以外に誓うのはなんとも薄っぺらく無責任なものに見えてしまう。









いくら大勢の人前で神や人々に誓っても、その誓いを簡単に破棄する事ができる。









『誓い』は約束という意味だけれど、自分以外に約束はすべきじゃない。



約束を破った相手から「話が違うじゃないか!」と迫られたり見捨てられたりする事はあるかもしれないが、一番大事なのは "自分から" 見捨てられないこと。






自分で自分を見捨ててしまったら、誰にもその人は救えない。











結局、自分自身に誓わなければ『誓い』に意味はないと思う。









去年の4月に、嶋田慶三郎DCから頂いた “ THE STRAIGHT CHIROPRACTOR'S OARTH” 。





毎日復唱して、プラクティスに臨む。










自分自身に『誓う』ため。



Wednesday, April 9, 2014

医療 vs カイロプラクティック?

なぜカイロプラクティックの発見者D. D. Palmerはカイロプラクティックの定義にDis-easeというワードを入れたのだろうか。




それは、医療に"対抗"したかったからだろう。





カイロプラクティックの発見直前、D. D. Palmerは言わずと知れた磁気治療家だった。それまではハチミツを売ったり食べ物を売ったり教師をしたり、宗教や神秘的なものに興味を持って探求したりと、実に多くの職業に就いたと言う。



知識や教養、知的好奇心が強かったのだろう。ある時、「なぜ同じテーブルで同じ食事をして同じ家で過ごすのに、ある人は病気になり、ある人は健康なのか?」という疑問から、体の外に原因を求める医療に対抗して、体の中に原因を求め始めたD. D. Palmer。




そこで使用人の脊椎サブラクセーションを手で正して聴力が回復したことから、外に原因を求める医療に対抗して中に原因を求める新たな分野としてカイロプラクティックを世に産み出したのだ。











ある日D. D. Palmerがカイロプラクティックをやっていると、『医療免許無しに医療行為をしている』という事で逮捕された。



裁判で有罪判決が下された時彼は、


「カイロプラクティックは有罪じゃない!!!医療こそ、病人を治せない事で有罪なのだ!!!」と叫んだという。




このように、医療に対抗しようとしたことがカイロプラクティックが本来のカイロプラクティックの本質から遠ざかってしまった所以なのかもしれない。そのため彼は、"純粋なカイロプラクティック"と"医療を混合させたカイロプラクティック"とを区別するためにStraightとMixerという名を付けなければいけない羽目になってしまった。











Dis-easeやDoctorというワードは、どうしても医療を連想させる。





そのD. D. Palmerの選択と決断は強烈に医療に対して対抗意識を持っていたからこそのものだ。








僕は医療に対抗する、または医療を意識するカイロプラクティックから脱却すべきであると個人的に思う。



つまりカイロプラクティックという名前ではなく、カイロプラクティックの本質を継承していくために医療と対抗する現行のカイロプラクティックから離れなければならない。






それがReggie Gold DCが定義した、Objective Straight Chiropracticからの、日本で結成されたObjective Straight Springなのだ。





もちろん、医療に対抗するカイロプラクティックを続けて行くのも良い。僕も医としてのカイロプラクティックで"改善"された方を多く見てきたので、その存在を全く否定するつもりはさらさら無い。




ただやはり、僕個人としては医に限定される現行のカイロプラクティックでは窮屈感を覚えてしまう。





カイロプラクティックは特定の症状や病気のためにあるのではなく、その人が本来のあるべき姿として最大限に生きていくことができる、所謂限定されない " Borderless" な存在であると思うからだ。




これは個人の判断によって選択、決断されることであり、他人が干渉すべきことでも無いし、するつもりも無い。







ただ誤解を免れたいのは、カイロプラクティックはひとつということ。






つくづく、人の価値観の多様性に感心する。
その人の価値観によって表現の仕方が異なるので、同じカイロプラクティックという名の下にも人の数だけ"カイロプラクティック"が存在するのはなんとも面白いところだ。




その多様性がなければ、変わりゆく環境下で生き残ることができない。







世の中色んな人がいるから可能性に満ち溢れている!







Tuesday, April 8, 2014

言うは易し行うは難し

とはよく言ったもんで、つくづく痛感する今日この頃。





恐らく多くの人はそこの壁で“折れて”しまうんだろう。







HIO(ホールインワン)を達成するにも、なっかなか容易にいかないもんだ。





ゴルフで言えばワンショットでカップに入れる、それ以上にない最高の結果





カイロプラクティックで言うところの、ワンアプローチでアジャストメントを達成させる、それ以上にない最高の結果だ。






よく同業のカイロプラクターに誤解されるのは、HIOはテクニックだという認識。


それは全く間違っており、HIOはテクニック云々ではない。


カイロプラクターが求めるべき “姿” である。







最小限のアプローチで最大限の結果をもたらすHole In One。


クライアント側には『やってもらってなんぼ』の世界が一般化しているが、ゴルフのホールインワンのように一発でキメる美学をカイロプラクター自身が持っていなければクライアント側にも感動はない。





最大限の結果はワンショット、ワンアプローチしか成し得ないのが事実。







我々カイロプラクターが求める姿は、一打でキメることだ。






Saturday, April 5, 2014

鷹の道 vol. 5

Pre-Chiro過程を終え、ようやくカイロプラクティックの勉強が始まった。



『カイロプラクターはドクターであり、欧米では医者と同じ勉強をして医者と同じ立場だから、勉強をがんばらねば!!』



という意識で始まった勉強。







一学期、二学期と進むにつれ、医学の勉強が色濃くなって来る。


人体の仕組みなどを知れた最初の方は勉強が愉しかったが、徐々に違和感が大きくなって来た。





それは病理学や整形外科的テストなどの授業を受けた時だった。




『カイロプラクターの仕事ってなんなんだろう…?』


『医者と同じ様に、病気や症状を診断、治療、予防する?』


『…それなら医者と何も変わらないじゃないか。』








「私はカイロプラクターです」


と自己紹介するのに、カイロプラクティックのことはほぼ学ばず。


『一体なんのためにこの学校に来たんだろう?』と自問自答をはじめた。





カイロプラクターと名乗るからにはカイロプラクティックを知らなければいけないのに、学校では医学医学のオンパレード。








しかも、人体の不思議を突き止めたかのような“最新科学”だが、僕のなぜ?の連続に答えてはくれなかった。



医学書や論文を読んでも『原因は不明』とか、『さらなる研究が必要である』とか、『DNAが私達の全ての源である』という見せかけの説明では、すべては説明できていない。



なのに、あたかも人体のスペシャリストのような錯覚を抱かせるドクターの地位。




そんな教育内容に疑問ばかりが膨らんでくる。







そこで出逢ったのがガンステッドカイロプラクティックだった。




ガンステッドカイロプラクティックはその当時の僕にはカイロプラクティックの大事なものを未だに引き継いでると感じたため、ガンステッドカイロプラクティックに興味をそそられないわけが無かった。





そのガンステッドセミナーに参加し、アメリカまでセミナーを受けにも行った。




『カイロプラクターの仕事は症状に関係なく、サブラクセーションを見てけて、アジャストして、放っとくんだ!』


と声高らかに唱っていたので、


これがカイロプラクターの仕事だ!!と思っていたのも束の間………





その後に気付く“矛盾”とカイロプラクティックへのアツい思いから、自分の一番納得のいくスタイルに移行する事になったのだが…。






そのきっかけとなったのが、嶋田慶三郎DCとの出逢いだった。



vol. 6 へ続く…


Wednesday, April 2, 2014

食わず嫌い

食わず嫌いはもったいない。



最近自分を振り返ってみると"食わず嫌い"をしていることが多いなと思うことがある。





これは食べ物に限らず通常の生活全てに当てはまる。



自分の中での決めつけや、固定観念、既成概念によってやろうとしないことが多かったりするのは、あなたにもあるだろう。






僕の例で言えば、『営業活動』だ。



昨日で開業一周年だったが、これと言った営業活動はしていなかった。


というか、『営業活動』が嫌いだったからと言った方が正確だ。






自分の勝手なイメージで、『営業活動』をやっている人は自分のお財布事情しか考えてないと思っていたからだ。なんと自己中心的で無責任なことをやってるんだと思っていた。


それは、某大手通販会社のセールスマンのドス黒い顔に彫刻刀で掘ったような作り笑顔、明らかに無理な声の出し方に、

「この人は、嘘をついている」


と子供心に思ったからだ。






そんな悪い印象があったためか、営業活動という言葉を耳にするだけで、体が拒否してしまっていた。






でも今、個人で事業を営む者として『営業活動』をしなければいけない。というか、自分の存在を知って欲しい、自分がやることでいろんな人に貢献したいという思いが強いので、むしろ『営業活動』と言われることをやっていきたい。





『営業活動』は悪だと決めつけていたが、自分が本当に伝えたいこと、やりたいことを発信していくために行う事は、自分が子供の時に思っていた『営業活動』とは全くの別物であるのが最近わかった。






大事なのは、営業の為の営業にならないこと。

必ず自分のコアがあり、それを発信するための手段としての営業であれば嘘じゃない。





食わず嫌いになってる事、物、食ってみれば世界が広がるかもしれない!







余談だが、タモリが売り出し中のアイドルが楽屋に挨拶に来た時のことをこう言っていた。

「不自然にニコ!!!!!ってして『○○のxxです!よろしくお願いします!!!』って来るんだけど、あんなの笑顔の押し売りだよ!」




自然体を好むタモリだからこその視点。同感です(笑)



Tuesday, April 1, 2014

おかげさま

去年の4月1日、地元宮崎でカイロプラクティックオフィス"STRAIGHT"を開業しました。


あの日から365日。




正直、今思うとまだまだ未熟な僕がよく開業できたなと、自分を応援してくれる方々の"おかげ"以外の何物でもないと間違いなく言い切れます。





希望と感謝、不安と根拠のない自信だけで4月1日を迎えた一年前。






この一年の間で、いろんな事を学び、大きな変化がありました。



一言で言えば、

『自分自身』です。





去年の開業日に急に、東京で初めてできた友達から連絡があり精神的に大きな支えになってくれていたり、25歳の若造を信頼して来てくださったクライアント様達、どんなときも応援してくれる家族や同志達、彼女との出逢いから、本当に多くの人と久しぶりに&初めて出逢い、いろんな側面を持った『自分自身』を知ることができました。







特に、自分自身を大きく変えたのが、彼女との出逢いです。




25歳くらいで、その人の生き方が確立されて行くと思いますが、僕もそうでした。


自分のこれからの生き方、人格、性格というものが固まって来ていた開業当初。




そんな固まりつつある志賀隆史を崩してくれたのが、彼女でした。





初めて会った時に『自分の正反対のタイプの子だな』と思っていて、まさかお付き合いが始まるとは誰も予想してなかったと思います。




お付き合いを続けるにつれ、過去の自分では有り得ないこともたくさんしたし、絶対許せないことも許せる自分がいることに、僕をよく知る人達よりも自分自身が一番驚いています(笑)




本当にこれからの自分が楽しみで仕方ありません。






本当にこの一年、改めて僕はひとりじゃないと思えました。





苦しい時は特に、孤独感を覚えるものですが、どんな時も気づかないだけでひとりではありません。





だからこそ僕は、もっともっとやりたいことをやり続けます!



その為なら、なんでもします。



現に今、アルバイトを掛け持ちでやってます。

それは、地元宮崎で一般的なカイロプラクティックではなく"STRAIGHT"カイロプラクティックを実践するため。



自分が納得のいくスタイルで、納得のいく結果を残すために、ひいては夢を叶えるために、僕は妥協することなく進み続けます!



それが、僕を支えてくれる皆への恩返しになると信じて。



この一年、全ての方々のおかげで今があります。本当に、ありがとうございます。2年目、さらに飛躍する年になるよう、全力でいきます!!!



自分の"陰"となっている人達"さまさま"です。


お陰様で1周年。


これからも、カイロプラクティックオフィス"STRAIGHT"を、志賀隆史をどうぞよろしくお願いいたします。