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Sunday, February 24, 2013

気分転換

最近、どうも自分の中で何かが自分を邪魔している感覚がある。

なんというか、自分自身が爆発していない。なにか、爆発したいけどできない感じ。


結局は自分で自分を邪魔してるのは分かっているが…


今は気分転換が必要な時期なのかな。


というわけで、今日は宮崎は清武にあるカウボーイアップランチ(CUR)に行って来た!


Googleマップで場所は確認していたが、入った事のない細い道に入らなきゃいけないのでちょっとした不安を抱えながらもなんとか到着。着くとすぐに馬達が迎えてくれた。

普段、あんなに大きな動物に触れることがないので、最初は少しビビった(笑)

馬を直接見るのはこれが3回目。最初はニュージーランドの家畜、2回目は大井競馬場のサラブレッド達、そしてCUR。CURには元競走馬達がいるが、現役を退いている馬達だったので、2回目のバリバリの競走馬達とはまた違った“隠居生活”のようなゆったりした時間を過ごしているようだった。


今日は日曜日ということもあり、馬のオーナーさん達もトレーニングに来ていて、スタッフの方達を含め、みんな家族のように仲が良くて本当に良い空間だった。帰り際には「またすぐ来ない!(宮崎弁で「来てよ!」)」とスタッフの方たちとオーナーさん達に言われたので、近いうちにまた行ってみようと思う!




Wednesday, February 6, 2013

囚われない

オフィス準備をしている最中、常に心に置いている言葉がある。

それが、「囚われない」だ。


オフィス準備に限ったことではないが、囚われない事を意識しながら生活している。どうしても頭を使って生きている以上、一般常識や固定観念、既成概念がつきまとい、知らず知らずのうちに自己表現が制限される。「〜べきだ」、「〜でなければならない」というのは自分の心の中では“禁句”だ。

そもそも、自然には「〜べきだ」、「〜でなければならない」という“型”は存在しない。川は流れようとはしていないし、木は枯れようとはしない。朝は朝であろうとしないし、夜は夜であろうとはしない。常に移ろい変わりゆくものを自然と言い、自然はこうであるべきだとか、こうでなければならないという定義も存在しない。それを人は「朝」は日が昇った時の事、「夜」は日が沈んだ後の事と勝手に言っている。水が大地を流れている様を「川」と言い、木が死んだことを「枯れた」と勝手に言っている。しかしながら、自然には定義は存在しない。ただそこに在るのは“在る”ということだけだ。“在る”ことによって無限の可能性が生まれ、またそこから新たな表現が生まれる。


その「〜べきだ」、「〜でなければならない」という型や枠に捉われてしまうと、“在る”ことが制限されてしまう。


「より自分らしく活きる」
オフィスのテーマでもあり、自分のテーマでもある。

より自分らしく活きるには、囚われないこと。